【サッカー】久保竜彦の“破天荒さと凄み”を生かせなかった日本の現実 戦友たちの証言で振り返る

http://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1570870010/【元スレ】

今回の記事

1 2019/10/12(土) 17:46:50.27

「サッカー界の“宝石”久保」のストーリーだと聞くと現在誰もが久保建英をイメージするだろう。しかしこれから取り上げるのは2000年代を代表するストライカー“ドラゴン”久保竜彦である。破天荒で豪快。圧巻のバネと得点力。「宝石」とさえ呼ばれた特異な才能は、プロとしてどのように評価され、どのように評価されなかったのか。「単独で欧州や南米の守備陣を破壊しうる人材」。そんな彼を彷彿とさせる新たな日本を代表するストライカーの出現に期待しつつ、久保竜彦の“破天荒さ”と“凄み”を数々の証言を交えて振り返る。

(本記事は、9月20日に『REAL SPORTS』で掲載された記事に一部、加筆・修正を行って掲載しています)

「2002年? その時は地球が滅亡するらしいから」
久保竜彦を書くと決まった時、何から書き出すか、判断に迷った。彼のプレーの素晴らしさか、それとも破天荒な生活か。

ただ、もう久保竜彦の存在自体が歴史的なものでもある。なので、彼の名言の数々をまずはご紹介したい。古くからのサンフレッチェ広島サポーターや久保ファンの方々にはご承知だろうが、若いサッカーファンはご存知ないと思うので。

1996年、初めてのインタビュー。
「中学の時から、サッカーが楽しくなった。遠征とか、バスに乗っていくのが楽しいから」
サッカーのプレーそのものでは、ないんかい(苦笑)。

「高校の時、初めてサッカーの知識とか、教えてもらった。すごかった」
「何がすごかった?」
「よー、わからん」
……はい?

「レイソル? 黄色のユニフォームですかね?」
うーん……。

「最初に出たのは(清水)エスパルス戦だった。広島と違って、なんか、怖かった」
いやいや、怖いの意味がわからない。

当時は2002年FIFAワールドカップが日本で開催されるかどうかという話題でもちきりだったこともあり、その話を振ってみた。その答えが、
「2002年? その時は地球が滅亡するらしいから」
「えっ、どういうこと?」
「1999年に地球はなくなるんでしょ」
「……もしかして、ノストラダムスの大予言?」
「そうっす」
瞳はまったく笑っていなかった。あと4年で地球が滅亡するという予言に、おびえていた。なので、当時のある説を教えてあげた。「最近の研究では2012年らしいよ」
「そうなんですか! よかった」
当時は坊主頭ではなく、パーマがかかった髪を揺さぶるように、久保竜彦は笑った。

「試合に出始めているけれど、すごいなって思った選手は?」
その質問に、彼はずーっと、無言。必死で考えて、考えて。言葉のない時間が1分以上も続いたあとで、
「あんまり、知らないんです。カズ(三浦知良)さん、レオナルド、ストイコビッチ、ゴン(中山雅史)さん、くらいしか。あ、ジュビロの8番の人、上手いですね」
ブラジル代表主将のドゥンガのことを、彼は知らなかった。

1997年、レギュラーとして試合に出始めた頃。当時、ステージ優勝を争っていた横浜フリューゲルス戦で森保一がセザール・サンパイオと激突した。
「ポイチさんに何しとるんや」
森保を師と仰ぐ久保は、サンパイオに対して激怒。彼をピッチ上で追い回し、警告を受けた。
もちろん、褒められた行為ではない。しかし、久保の場合はどこか、ユーモラス。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191012-00010000-realspo-socc
10/12(土) 13:10配信

https://www.youtube.com/watch?v=2wZy0X1SbX4
スーパーシュート〜久保竜彦〜

みんなのコメント

4 2019/10/12(土) 17:48:06.57

イブラヒモビッチを彷彿とさせるプレーの数々
福岡の郊外、田んぼや畑がある中で、野性をむき出しに育った若者は、誰からも愛された。それは横浜F・マリノス(横浜FM)に移籍したあとも同じ。そして、彼は日本代表でジーコという名伯楽にも愛された。

「君たちはきっと驚くと思うよ。日本代表のエース久保竜彦という存在に」

2006年ワールドカップを翌年に迎える2005年のクリスマス、ジーコ日本代表監督(当時)がブラジルメディアのインタビューに応えた時の言葉である。それほど、圧倒的な力を見せつけていたのだ。

2004年、当時はFIFAランキングトップ5の常連だったチェコとのアウェイゲーム。右サイドでボールを受けたドラゴン(久保の愛称)は一気に中へ切り込み、ペナルティーエリア内での深い切り返しでDFを置き去りに、強烈な左足を放った。
世界的名手のGKベトル・ツェフが手も足も出ない。日本の誇る大砲がヨーロッパで炸裂した瞬間だった。

イングランド遠征における対アイスランド戦では、2人のDFに挟まれながらも抜群の個人技で真ん中を割り、落ち着いてシュート。さらに小野伸二のパスを受け、GKの位置を見極めてのループ。
圧巻の2得点で日本代表を勝利に導いた。ここで大切なのは、彼のゴールの多くは「コンビネーションではない」ということだ。

クロスボールに対してGKが伸ばした手よりも上から叩くヘディングは、圧巻のバネがあればこそ。
それほどのバネがあれば当然、縦に抜けるスビードも抜群であり、一気にドリブルで抜け出してGKとの駆け引きの中でゴールを決めるのは彼の日常。
アバウトなアーリークロスに対してヘディングではなくボレーで叩き込むシーンは、代表、横浜FM、そして広島で何度も披露している。ズラタン・イブラヒモビッチを彷彿とさせるようなプレーの数々は、ジーコという歴史上の人物も魅了した。

久保に魅せられたのは、ジーコだけではない。

1995年、元オランダ代表のFWピーター・ハウストラは、当時ルーキーで公式戦出場もない久保竜彦に対し「日本において、彼が最も好きなプレーヤーだ」と指した。
1996年のナビスコカップ(現ルヴァンカップ)で広島に3−1と勝利した柏のニカノール監督は、通常のやりとりが終わったあと、我慢できないといった感じで、言葉を吐き出した。

「今日の試合に出場していなかった選手について、話をしたい。彼の名前は、久保竜彦。広島の選手です。ウチのホームゲームで彼は素晴らしいプレーを魅せた。
今日はなぜか欠場したのですが(註・練習中の負傷による)、彼が広島にいれば我々はもっと苦しんだはずです。日本のサッカーファンは、彼という存在を持ったことを幸せに思うでしょう。
彼は日本のサッカーにとって、宝石そのものです。財産です。これからも大切に育てていってほしいと思います」

5 2019/10/12(土) 17:48:16.72

久保で抜いてた時期あったな

6 2019/10/12(土) 17:48:47.60

まったくの無名選手に対し、記者会見にて敵将がこれほどの言葉を自ら贈るとは、前代未聞の出来事。
ベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)時代に名良橋晃や岩本輝雄など、無名選手を次々に発掘して育てた「育成の名手」の言葉には、重みがあった。

久保が広島でレギュラーをつかんだ1998年途中、広島に加入した元日本代表FWの山口敏弘は、見た瞬間から彼の中に内包されている巨大なものを認めた。
ガンバ大阪時代はストライカーとしても名を馳せた男だったが、彼は広島で久保竜彦のためにパスを嬉々として出し続けるパサーへと変貌している。

「とにかく身体能力は抜群だし、ゴール前で何をやってくるか、想像もつかない。柳沢敦や高原直泰といった若いFWもいるけれど、間違いなく(久保)タツがナンバー1ですよ。
パスを出すほうからすれば、あいつを見ているとイメージがどんどん膨らんでくる。コンビネーションなんて、練習でタツをしっかりと見ていれば自然とできるものなんだ。代表でも、もちろんやれる」

元韓国代表DFのホン・ミョンボは久保と何度も1対1で対峙した韓国史上に残る名リベロ。その彼が日本で最も怖い選手として挙げたのが、久保竜彦だ。
また、かつてヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)で指揮をとり、桐蔭学園高校で山田卓也や米山篤志など多くの日本代表選手を育て上げた李国秀監督は、「Jリーグで監督をやっている人間なら、誰もが久保竜彦の恐ろしさが身に染みている。
代表で使わないなんて、もったいない」と語った。

おそらく久保の凄みを理解したのは、マスメディアが最も遅かった。彼らがドラゴンを「日本を代表するFW」と認識するのは、2003年に広島から横浜FMに移籍し、16得点を決めて優勝に大きく貢献した時だろう。
だが、残念ながらその時はもう、遅かった。久保の全盛期は明らかに広島時代。横浜FM移籍の初年度こそ大爆発したが、その後は膝や腰に慢性的な故障を抱え、1年間を通してまともな活躍はできなくなっていた。
その最中でも、2004年にはチェコやハンガリー、アイスランドなど欧州勢を相手にゴールを決めていたのだから、万全な状態で彼がプレーできていれば、果たしてどういう状況になっていたか。

7 2019/10/12(土) 17:49:56.61

「成功を掴むか工場で働くか」
まっさらな目で久保竜彦のプレーを見ていれば、その凄みは誰にでもわかる。
広島時代、初めてスタジアムを訪れたというおばあちゃんが、久保が豪快にシュートを打ち、そして外したシーンを見て、「すごい、すごい」と大きな拍手を送っていた。
彼女がサッカーを見て拍手をしたシーンは、その時だけ。誰にでもわかりやすい「凄み」を彼は持っていたのだが、
「サッカーに詳しい」と言われていた識者ほど、久保竜彦のような「アウト・オブ・スタンダード」(エディ・トムソン元広島監督)を認めようとしなかった。
彼らが注目したのは、アンダー年代から活躍していた柳沢敦であり、高原直泰であり、あるいはフィリップ・トルシエ監督が抜擢した運動量豊富な鈴木隆行だった。

本来であるならば、彼は2002年ワールドカップで主役になるべき人材であった。
2004年から腰痛や膝の痛みが激化し、時に歩くこともままならないような状態になってしまう。
2006年、あれほど期待をかけたジーコ監督が久保のワールドカップ招集を見送ったのも、致し方のない判断だった。

ジーコが久保にこだわった理由は、彼だけが単独で欧州や南米の守備陣を破壊しうる人材だったからだろう。
中盤でのコンビネーションは研究されてしまうが、破壊的なFWはなかなか止められない。
1982年、ジーコが主役となった「黄金のカルテッド」のブラジルにしても、ロッシというイタリア人ストライカー一人に、夢を破壊された
。2002年ワールドカップでブラジルが戴冠できたのも、ロナウドという爆発的なFWの存在抜きにして語れない。
世界を驚かせるためには、世界を震撼させるには、周りがお膳立てをしなくてもゴールできる強烈なストライカーが必要だ。
そして日本には、そういう人材が決定的に足りない。多くのFWは、チームのために戦うし、頑張るし、周りを助けようと努力する。
しかし久保は、周りが助けたくなる選手なのである。サポートすればするほど、結果を出してくれる。その違いは大きい。

2002年のワールドカップで日本代表を牽引したトルシエの限界は、久保竜彦のような破天荒な人材を最終的に採用しなかったことだと筆者は考えている。

久保はエリートではない。アンダー年代の代表どころか、地域トレセンの代表にも入ったことはない。
筑陽学園高校時代もスカウトの注目を集めることなく、吉浦茂和監督が旧知の中村重和・広島スカウト(当時)に「面白い素材がいるから見てやってくれ」と問い合わせたことによってプロ入りの道が拓けた。
しかもその時、本命と目されていたのは同学年の他の選手であり、久保のテストは付録のようなものだった。

そういう環境で育ってきた若者だったから、プロに必要な自己管理だったり、サッカーに集中することの大切さだったり、技術や戦術、肉体以外のところでの重要性を教え込まれていなかった。
練習が終わると肉体のケアをすることなく、筋トレをすることもなく帰宅。繁華街に直行し、浴びるように酒を飲んだ。
行きつけの寿司屋で泥酔し、そのまま泊まってしまうこともしばしば。時に、その寿司屋の主人に「タツ、いい加減にしろっ」と一喝されるほど、生活は乱れた。

トレーニングでも、少しでも自分の思い通りにいかないとイライラする。やる気もなくなり、いい加減なプレーしかできなくなる。
それでも突出した能力であるがゆえに、プレーレベルは抜きん出ていた。だが、見るべき人はいつも見ている。
ピッチで少しでもゆるむと、後ろから森保一の「タツ、起きとるんか」という厳しい声が飛ぶ。上村健一からも「シャキッとしろ」と叱責される。

11 2019/10/12(土) 17:50:28.88

彼をレギュラーに抜擢したエディ・トムソン監督からは「君は素晴らしい才能をもっている。日本代表にもなれる。

だけど、成功を掴むためには努力が必要だ。それがなかったら、君の未来はサッカーではなく、どこかの工場で働くしかないだろう。
どちらを選ぶか、そこは君自身だ」とつきつけられている。

サッカーエリートたちにすれば、考えられない生活だろう。もし、久保が少年の頃から自己管理の大切さを徹底され、肉体のケアを怠りなく続け、浴びるように酒を飲み続ける日々をやめていれば、
もっと長くサッカーを続けられていたに違いない。
サッカーの奥深さを感じて本当の意味でうまくなるのは 20代後半から30代にかけてというが、その時期には彼の肉体はボロボロとなっていた。本当に惜しい。

そういう破天荒さがあればこそ、久保竜彦の野生が生きたという説もあるが、それは違う。
1950年代後半、久保のような「豪快」と言われた私生活を送っていたプロ野球・西鉄ライオンズの野武士たちの全盛期は短かった。
一方で独自の肉体保全術に長けていた金田正一はプロ生活20年をまっとうし、不滅の400勝を達成している。破天荒なプレーは破天荒な生活から生まれるわけではない。

それはもちろん、久保自身の責任ではある。しかし、少年の頃から意識を変えられていたら、状況は違っていたと確信している。
それは彼の体がボロボロになってしまったあと、多くの人々との出会いの中で自身の肉体を補強・改造することに成功し、
かつてほどの輝きを発揮することはできなくても、まがりなりにもサッカーができる状態にまで戻してきた実績を見ているからだ。

2008年、対湘南戦で見せた左足アウトサイドのシュートは、ボールに生命が宿っているかのごとくに曲がり、龍がボールを加えて飛んでいるかのようにゴールネットに突き刺さった。
アシストした森崎浩司が「どうやって、打ったんですか」と興奮して聴きまくるほど、信じがたいシュート。
確率は低くなっていたとはいえ、見ている誰もをエキサイトさせるシーンを見せられるほどには、戻れていた。
だからこそ、彼をもっと早く、発見できていればという悔いは残る。

ただ、トルシエ監督の時、久保の肉体はまだまだ、フレッシュな香りに満ちていた。チャンスを与えれば必ず結果を出したと今も確信している。
「戦術理解能力が低い」と言われたこともあったが、そういう時にはいつも、かつてカメルーンをワールドカップベスト8に導いた名将ヴァレリー・ニポムニシのことを思い出す。
彼は広島を率いた時、15得点8アシストという広島でのキャリアハイを引き出したが、その時に彼はこう言った。
「久保というストライカーは身体的能力に抜きん出ているだけでなく、非常に知的な選手である」
トルシエ監督の指導がマッチしていれば、必ず戦術にもフィットしていたはずだと信じる。
しかし、久保は今も「トルシエ監督とは合わなかった」と告白している

17 2019/10/12(土) 17:51:13.09

怪我はともかくコミュ力不足は本人に責任あったと思うよ
なんか黄金世代が仲良くて中に入っていけなかったみたいな愚痴言ってたけど

19 2019/10/12(土) 17:52:14.68

なんだこの大学生みたいな文章

25 2019/10/12(土) 17:53:47.80

何か異形というか一人だけアフリカンみたいな身のこなししてたよな

27 2019/10/12(土) 17:54:14.61

頭が悪くて今ひとつだったな

28 2019/10/12(土) 17:54:20.77

怪我が多く試合数が少なかったせいで過大評価されてる選手の代表格だと思う

35 2019/10/12(土) 17:55:29.84

ゲガの対策とかしてたんだろうか
本人のやる気がないからメンタルが原因とも言えるな

43 2019/10/12(土) 17:57:26.99

いまだに横浜FC在籍時のひょっとこゴールが忘れられない。

44 2019/10/12(土) 17:57:46.49

怪我が悪いだけだろ

45 2019/10/12(土) 17:57:54.11

良いときの豪快なゴールが記憶に残ってるだけで
シーズン怪我無しでフルで働いてもJで20ゴールぐらいだろ
そりゃ日本人という枠の中なら歴代でも上位かもしれんが
まあ怪我多過ぎて使えん典型

以下コメント続き

47 2019/10/12(土) 17:58:39.78

過大評価
佐藤寿人や大久保嘉人のが遥かに上

48 2019/10/12(土) 17:58:47.55

過大評価しすぎだろ
トルシエは十分久保試してた
久保の全盛期の身体は理想的なFWだったけども

52 2019/10/12(土) 17:59:31.62

結局頭悪くてコミュニケーションはかれないやつはだめよ。サッカーそんな甘くない

58 2019/10/12(土) 18:01:10.11

日本歴代ナンバーワンFWはアジアの大砲一択

59 2019/10/12(土) 18:01:38.37

釜本以外で唯一一人で点が取れるFWだった

64 2019/10/12(土) 18:02:58.63

海外でスシボンバーとか呼ばれてたのは笑った

68 2019/10/12(土) 18:04:34.71

サッカーセンスにステータス能力が全ブリされたような男だからなw
その代わり知性とか実社会性とかの能力はwwwwwww

81 2019/10/12(土) 18:06:27.80

日本人FWで唯一
止められないFW

あとヘッド、ボレー、シュート
全てがカッコイイ

ゴールシーンがあまりにも凄すぎて
みんな憧れるレベル

84 2019/10/12(土) 18:06:59.24

伝説のたこチューダンスは俺にとってはカズダンスに匹敵するからな
高い芋焼酎呑ませてあげるから出ておいでドラゴン

87 2019/10/12(土) 18:07:26.36

やたらドラゴンと騒がれた割に全然大した仕事しなかった
すぐ潰されるイメージ
こいつのときから久保って名前にみんな不信感が植え付けられた

88 2019/10/12(土) 18:07:35.93

もうクンサン失敗の烙印押されたのかと思ったわ

97 2019/10/12(土) 18:10:42.52

身体能力も含めて過大評価してる人多いけど、今なら冨安辺りに完封されそう

99 2019/10/12(土) 18:11:04.68

久保西澤のツインタワーにワクテカした世代です

100 2019/10/12(土) 18:11:44.67

ジーコに「オレの最高のセンターFW」と言わしめた男だからな
W杯で見たかったなあ

103 2019/10/12(土) 18:12:11.55

この世代ベストイレブン最強説
ロナウド、トッティ、ファン・ニステルローイ、セードルフ
バラック、ネスタ
 

以下コメント続き2

105 2019/10/12(土) 18:12:16.97

怪我がなければ凄かったかもしれない
そういう選手は多いけども

107 2019/10/12(土) 18:12:36.09

現役時代は破天荒な生活送りまくってたのに今になって自然派の仙人みたいな生活してるのが面白いわw

108 2019/10/12(土) 18:12:44.29

才能が溢れていても努力が無いと本当のトップにはなれないんだな。

115 2019/10/12(土) 18:14:28.46

チェコ戦のゴールが私がサッカー好きになったきっかけです

121 2019/10/12(土) 18:15:48.93

たまーに派手なゴールする選手より
地味でも着実に点取れる選手のほうが上だからな

124 2019/10/12(土) 18:16:21.58

何年か前のジーコとの対談記事が良かった

https://news.line.me/issue/premium-kubo/cae22d7e4fb7

これだ

134 2019/10/12(土) 18:20:06.21

体格は申し分無かったなあ

135 2019/10/12(土) 18:20:09.64

個人的には

広島時代の久保の相方・大木勉も素晴らしい才能だった。彼も代表に呼ばれることはなかった。

136 2019/10/12(土) 18:21:06.58

今「癖がすごい」の相方としてがんばってる

139 2019/10/12(土) 18:21:34.36

久保の潜在能力は凄かったんだけど大多数の期待された選手と同じく親善番長なのが残念
親善なら柳沢ですらイタリア相手にスーパーボレー決めてるし、テストマッチではドイツ相手に完璧なカウンターもあった

140 2019/10/12(土) 18:21:46.31

ジーコが久保に期待しすぎてた
怪我で休んでてやっとチーム練習に合流ってとこで代表に呼ばれてまた悪くなっての繰り返し
あの時我慢してたらドイツにも連れて行けてただろうに

144 2019/10/12(土) 18:22:41.63

腰が悪い状態でアメリカまで飛行機で遠征させた上でコンディションが間に合わないとか言って外したジーコ

151 2019/10/12(土) 18:27:09.26

ゴールが見えたらシュートを打つ
日本サッカー唯一のストライカー

161 2019/10/12(土) 18:28:52.92

こんな顔して、キャバクラ好きw

163 2019/10/12(土) 18:29:04.21

今も塩職人その他色々やってるのを見ると
クリエイティブな感性の持ち主なんだろうね
ただ身体能力が高いだけじゃない

以下コメント続き3

164 2019/10/12(土) 18:29:17.57

死んだ子の歳を数えるな

166 2019/10/12(土) 18:29:57.81

こんな顔して キャバクラ好き

169 2019/10/12(土) 18:30:16.83

今も塩職人その他色々やってるのを見ると
クリエイティブな感性の持ち主なんだろうね
ただ身体能力が高いだけじゃない

173 2019/10/12(土) 18:30:43.92

今も塩職人その他色々やってるのを見ると
クリエイティブな感性の持ち主なんだろうね
ただ身体能力が高いだけじゃない

177 2019/10/12(土) 18:31:38.67

怪我をしないというのも才能の一つだな

180 2019/10/12(土) 18:31:58.30

サッカーに詳しくないけどとんでもない選手の記憶がある
ジャンプ力が凄かった
横浜FCでの超ロングシュート決めてひょっとこになったのは印象に残ってる

184 2019/10/12(土) 18:32:09.97

才能や能力あってもプロにならない、なれない、そんな選手よりは増しなレベルだっただけでしょ。
中沢や長友みたいに才能や能力なくても努力と頭使って大成功する選手もいるんだから、やっぱり結果が全て。

193 2019/10/12(土) 18:32:53.70

サッカーに詳しくないけどとんでもない選手の記憶がある
ジャンプ力が凄かった
横浜FCでの超ロングシュート決めてひょっとこになったのは印象に残ってる

200 2019/10/12(土) 18:33:14.74

才能や能力あってもプロにならない、なれない、そんな選手よりは増しなレベルだっただけでしょ。
中沢や長友みたいに才能や能力なくても努力と頭使って大成功する選手もいるんだから、やっぱり結果が全て。

205 2019/10/12(土) 18:33:29.28

奥さんがアスリートだからって気を遣った料理を作ってくれたのに
お前は好きなものを作れ、俺は好きなものを食う
って言って全然奥さんの手料理食べなかったってエピソード好き

211 2019/10/12(土) 18:33:35.73

なんかの試合だったから
1トップ適正は無かったな
玉田と久保のレフティーコンビが良かった

214 2019/10/12(土) 18:33:45.42

久保と玉田はいい意味で自己中で空気を読まなくた孤立して可能性を感じた 黄金世代は安定して能力高いが予想以上の力出すってことはなかったな

216 2019/10/12(土) 18:33:49.55

正直そんなでもないし、過大評価
ただダイナミックで面白い選手だった

231 2019/10/12(土) 18:34:47.98

守備しなそうだし今だと厳しいんじゃない

232 2019/10/12(土) 18:34:51.57

守備しなそうだし今だと厳しいんじゃない

以下コメント続き4

236 2019/10/12(土) 18:35:07.09

守備しなそうだし今だと厳しいんじゃない

241 2019/10/12(土) 18:35:23.87

久保は良い時は良かったが
安定感はなかった

243 2019/10/12(土) 18:36:15.13

久保はポテンシャルは凄いが、安定感がなかった
監督としては扱い辛い選手

249 2019/10/12(土) 18:38:10.50

チェコ戦の豪快な一発は夢を見たわ

260 2019/10/12(土) 18:40:38.50

潜在能力とやらは知らんが
総合値は高原と同じかそれ以下だろうに

261 2019/10/12(土) 18:42:00.85

もっと大成できた天才なんだろうけど運が無かったのかな

272 2019/10/12(土) 18:45:10.75

さとみ?鈴木さとみ?

286 2019/10/12(土) 18:48:02.98

久保君よりましだな

292 2019/10/12(土) 18:49:39.64

上昇志向ゼロだもんな
海外でプレイとかまず無理だろ

293 2019/10/12(土) 18:50:48.55

広島の頃は助っ人外人みたいな選手だったな

296 2019/10/12(土) 18:51:42.31

そのうち久保より賢く故障しない
大阪なおみみたいな黒人が
日本代表で活躍するから

306 2019/10/12(土) 18:55:12.09

2006ドイツ大会でジーコは確かに久保を選ばなかったけどその時に出たFWは柳沢だったでしょ…

313 2019/10/12(土) 18:56:58.89

どうでもいいわ

321 2019/10/12(土) 18:58:28.18

そうなんだ。
単なる軍人かと思ってた。

323 2019/10/12(土) 18:59:55.08

頭悪いやつは結局ダメって話

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以上、【【サッカー】久保竜彦の“破天荒さと凄み”を生かせなかった日本の現実 戦友たちの証言で振り返る】でした。

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